ゆとりある生活?

 「青年時代は夢を、壮年時代は仕事を、老年時代はゆとりを持っていたい」、中学校か高校の卒業文集にこんな言葉を書きました。今振り返ってみると、31歳で最終的に大学教員になるまで、いろいろ大きな夢(今から見ると恥ずかしいのですが)を持っていました。その後、4年前に定年退職するまでは、自分ながら本当によく働いたと思います。そして、名実ともに老年時代に入ってしまった現在はどうでしょうか? 衣食住にはなんとか不自由しないという物質的な意味ではゆとりがあるといえるのですが、精神的には微妙なところです。

 歩く速度が遅くなり、階段などでは手すりにつかまってしまう。少し集中的に本やディスプレイを見ると、目がぼやけてくる。固有名詞や言葉がすぐに出てこない。胃腸の不具合がいつまでも続く・・・。「本調子」の自分はこんなはずではない、という思いがどうしても残っているのです。自分の心身の絶頂期(?)と比べて、今の状態にどうしても不満がぬぐえません。でも、客観的に見たら、心身の状態がこれ以上良くなる可能性はほとんどないのですね。「ゆとり」を持つためには「老い」と上手に折り合いをつけることを学ぶべきだと考える今日この頃です。

 少し涼しくなって本当に良かった。もっと頻繁に「書を捨てて、町に出よう」と思います。

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